福祉ビジネス ―やがて淘汰されゆく、困った経営者にならない方法

障害福祉サービスの市場は、この10年で給付費が倍増するほどの急成長を遂げました。参入する事業者も右肩上がりに増えていますが、その裏側では、指定取消や給付費の返還命令を受ける事業所も年々目立つようになっています。今回は、現役の管理者兼サービス管理責任者として、また行政書士として障害福祉事業者を支援する立場から、競争が過熱する業界の中で「困った経営者」にならないために押さえておきたいポイントを整理します。

落とし穴①:苦情対応を「契約優先」で全て受け入れてしまう

利用者獲得が難しくなるほど、事業者は「契約を切られたくない」という心理に陥りやすくなります。その結果、本来はサービス管理責任者や現場のチームで検討すべき支援方針の問題まで、苦情が来るたびに経営者自らが現場に介入し、その場しのぎで要望をのんでしまう、というケースが少なくありません。

苦情対応そのものは、事業運営上欠かせないプロセスです。苦情相談対応マニュアルを整備し、記録を残し、再発防止に活かす仕組みは、実地指導でも重視される基本事項です。問題は、その仕組みを飛び越えて、経営者の独断で「契約を切られるくらいなら」と現場のルールを個別に曲げてしまうことにあります。

こうした対応が積み重なると、支援方針が利用者ごとにバラバラになり、現場の職員は「結局、誰の方針に従えばいいのか」が分からなくなります。何より、契約優先の場当たり的な対応は、他の利用者との公平性を損ない、事業所全体の支援の質を下げる結果につながります。

落とし穴②:自立支援の本懐を忘れた過剰サービス

障害福祉サービスの本来の目的は、ご本人の自立した生活を支えることにあります。しかし、競争が激化する中で、この本懐を見失い、「至れり尽くせり」を売りにしてしまう事業所が出てきます。例えば、次のようなケースです。

  • 施設と自宅・目的地が近距離で、公共交通機関の利用も容易な利用者にまで、一律に送迎を付ける
  • 本来利用者が負担すべき自己負担額を、事業者側が実質的に肩代わりする
  • 他の利用者には行っていない交通費の負担を、特定の利用者(や家族)にだけ事業所が負う

こうしたサービスは、短期的には利用者や家族に喜ばれ、事業所の「選ばれる理由」になるかもしれません。しかし、公共交通機関を使える方にまで送迎を付けることは、ご本人が本来持っている移動能力を発揮する機会を奪い、自立支援という制度の本懐から外れていきます。また、利用者間の公平性を欠くだけでなく、事業所の経営体力を静かに削っていく要因にもなります。

実際に、大阪市内で就労継続支援事業を展開していたある大手グループでは、加算金の算定ルールの隙間を突く形でサービス・加算の請求を拡大させ、一時は市内の給付費の相当割合を一グループで占めるまでになっていました。当初は制度上ただちに違法とは言い切れない手法だったとされますが、行政のルール改定後も請求を継続したことなどが問題視され、最終的に強制力を伴う監査を経て指定取消に至っています。「制度の抜け穴を突く」経営は、一時的にシェアを拡大できても、長期的には行政・利用者双方からの信頼を失う典型例と言えるでしょう。

落とし穴③:作業内容・人員配置・雇用管理のずさんさ

3つ目の落とし穴は、事業の土台となる人員配置と労務管理です。

  • 作業内容がその時々の流行任せで、一貫した支援方針や工賃向上の戦略がない
  • 目標工賃達成指導員のようなポストに、実態を伴わない形で親族を配置する
  • 雇用契約に含まれない業務(利用者獲得のための営業活動など)を支援員に指示する

人員配置に関する不正は、行政による監査で最も厳しくチェックされるポイントの一つです。実際に、常勤であるはずの管理者が実際には勤務しておらず、書類上だけ配置されているように装って給付費を不正に受給していたとして、指定取消と多額の返還命令を受けた事業所の事例が各地で報告されています。人員基準を満たしていないにもかかわらず、満たしているかのように装って必要な減算を行わなかった、という行政処分の事例も公表されています。

また、雇用契約にない業務を指示することは、労働基準法上のリスクにも直結します。労働基準監督署の調査(臨検)によって、賃金不払いや労働時間管理の不備が発覚し、是正勧告や、悪質と判断された場合は書類送検に至るケースも、業種を問わず一定数発生しています。「福祉の仕事だから」という理由で、労務管理の基本がおろそかにされてよい理由にはなりません。

「社会福祉法人だから安心」とは限らない

もう一つ触れておきたいのが、「社会福祉法人や歴史のある法人だから安心、新規参入の株式会社だから危ない」という単純な図式が必ずしも成り立たないという点です。

実際に、長年の実績がある社会福祉法人の元代表理事が、実際には支援を行っていないにもかかわらず利用実績を偽造し、給付金をだまし取っていた疑いで逮捕された事例も報じられています。法人の種別や設立年数にかかわらず、日々の運営が制度の趣旨に沿っているかどうかを自ら問い続ける姿勢がなければ、どのような法人であっても同じ落とし穴にはまり得るということです。

競争の過熱と淘汰の波にどう向き合うか

障害福祉サービスの給付費は、この10年でおよそ倍増したと言われています。市場が拡大する局面では新規参入も増えますが、それに伴って行政の実地指導・監査体制も強化され、不正請求や人員基準違反に対する指定取消の件数も各地で報告されるようになっています。

「競争が激しいから、他社に負けないサービスを」という発想自体は自然なものです。しかし、その競争の軸を「制度の趣旨に沿った支援の質」ではなく、「どこまで際限なくサービスを積み増せるか」に置いてしまうと、事業の持続可能性そのものを危うくします。過剰なサービス提供は、いずれ事業所の経営体力を圧迫するか、行政のルール改定・監査強化によって是正を迫られるか、いずれかの形で必ず限界を迎えます。

「困った経営者」にならないために

  • 苦情対応は、経営者の独断ではなく、記録・検討・改善のプロセスに乗せる
  • 送迎や自己負担額の肩代わりなど、個別対応を行う場合は、その必要性をアセスメントに基づいて説明できる状態にしておく
  • 人員配置は実態に即して届け出て、名目だけのポスト配置を行わない
  • 雇用契約の範囲を超える業務指示を行わない、労務管理を専門家(社会保険労務士等)に相談する
  • 法人の規模や歴史に関わらず、定期的に自法人の運営を制度の趣旨に照らして見直す

いずれも、特別なことではなく、指定基準や労働関係法令が本来求めている基本の徹底にすぎません。しかし、競争が過熱する局面ほど、この基本から目をそらしたくなる誘惑が強くなります。

まとめ

障害福祉サービス業界の成長は、今後も一定程度続くと見られる一方で、行政の監査・指導体制も年々厳しくなっています。目先の競争に勝つための過剰サービスや、実態を伴わない人員配置は、短期的には事業を延命させても、長期的には指定取消という形で事業そのものを失うリスクを抱えています。制度の趣旨に沿った適正な運営を積み重ねることこそが、結果的に競争を生き残る一番の近道だと感じています。

当事務所では、就労継続支援B型事業所の現場運営経験を活かし、実地指導対策・人員配置の適正化・年間研修スケジュールの整備など、事業所運営全般のご相談に対応しております。「うちは大丈夫だろうか」と感じることがあれば、お気軽にお問い合わせください

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