成年後見・障害福祉のいずれの現場でも、近年よく耳にするようになったのが「意思決定支援」という言葉です。制度の建前としては広く知られるようになった一方、「具体的に何をすれば意思決定支援をしたことになるのか」は、実はあいまいなまま現場に委ねられている部分が大きいテーマでもあります。今回は、後見実務・障害福祉現場の両方に共通する視点として、意思決定支援の考え方と、実務上ぶつかりやすい課題を整理します。
なぜ「保護」から「支援」へと言われるのか
従来の後見制度や福祉サービスは、ともすると「本人に代わって周囲が判断し、本人を保護する」という発想に傾きがちでした。財産や身の安全を守るという意味では合理的な面もありますが、行き過ぎると、本人の意思や好みが置き去りにされ、「本人のためのはずが、本人不在の支援になってしまう」という状態を招きます。
そこで近年強調されているのが、「本人には、支援を受けながらであれば自ら意思決定する力がある」という前提に立ち、周囲はその意思決定を側面から支える、という考え方です。これが「意思決定支援」の基本的なスタンスです。
意思決定支援を構成する3つの要素
意思決定支援は、大きく次の3つの段階に分けて考えると整理しやすくなります。
① 意思形成支援
本人が適切な情報を得て、自分の考えを形づくれるように支援すること。専門用語をかみ砕いて説明する、選択肢を分かりやすく提示するなどが含まれます。② 意思表明支援
本人が形づくった意思を、言葉や態度など、その人なりの方法で表明できるように支援すること。話すことが難しい方であれば、絵カードやジェスチャー、表情の変化など、多様なコミュニケーション手段を尊重します。③ 意思実現支援
表明された意思を、実際の生活の中で可能な限り実現できるように、関係者間で調整し、行動につなげること。
この3段階のどこか一つでも欠けると、「本人の意思を聞いたつもりが、実際には反映されていなかった」という状態に陥りやすくなります。
意思決定支援の要件として意識したいこと
意思決定支援を実践するうえで、後見人・保佐人・補助人や福祉専門職、そしてご本人を日々支える福祉関係者・ご親族が意識しておきたい要件を整理すると、次のようになります。
- 本人の意思決定能力を前提とすること:「この人には意思決定能力がない」と安易に決めつけず、支援があれば意思決定できるという前提から出発する
- 本人にとって分かりやすい情報提供を行うこと:専門用語や書面だけでなく、本人の理解特性に合わせた説明方法を工夫する
- 本人が実際に意思を形成・表明するプロセスを踏むこと:結論だけを聞き出すのではなく、本人が考え、表現する過程そのものを大切にする
- 本人の意思決定に関わった経緯を記録に残すこと:誰が・いつ・どのように本人の意思を確認したかを記録しておくことが、後々の説明責任にもつながる
- チームで検討すること:後見人・家族・福祉専門職など、複数の視点から本人の意思を確認し合う(いわゆる意思決定支援会議的な場を設ける)
「ニーズ」と「デマンド」の違い
意思決定支援を考えるうえで、もう一つ押さえておきたいのが、「ニーズ」と「デマンド」の違いです。
- デマンド:本人が言葉として表明する、具体的な要求・希望(「これがしたい」「これが欲しい」)
- ニーズ:専門職や周囲から見て、本人の生活を成り立たせるために必要だと判断される状態や支援(必ずしも本人が自覚し、言葉にしているとは限らない)
意思決定支援というと、「本人が言ったことをそのまま実現すること」だと捉えられがちですが、実際にはデマンドとニーズが一致しない場面が数多くあります。例えば、本人が「お金を全部使ってしまいたい」というデマンドを表明したとしても、生活の継続という観点からのニーズと衝突することがあります。
ここで大切なのは、「デマンドを無視してニーズを押し付ける」のでも、「ニーズを無視してデマンドをそのまま実現する」のでもなく、両者のギャップがなぜ生じているのかを本人と一緒に丁寧に確認していくプロセスそのものが、意思決定支援の中核になるという点です。
なお、このニーズとデマンドの混同は、後見実務だけでなく、障害福祉の支援現場でも起きやすい落とし穴です。良かれと思って本人の要望(デマンド)にそのまま応え続けた結果、かえって自立の機会を奪ってしまうケースについては、以下のコラムで具体例とともに解説しています。
実務上ぶつかりやすい課題
意思決定支援は理念として重要である一方、実務では次のような課題にぶつかりやすいのが実情です。
- 意思表明が難しい場合の「意思の推定」:重度の知的障害や認知症等により、明確な意思表示が難しい方の場合、これまでの生活歴や価値観から意思を推定せざるを得ない場面があり、その推定が本当に本人の意思に沿っているのか、常に検証が必要になります。
- 家族・支援者の意向との調整:本人の意思と、家族や支援者が「本人のためによかれ」と考える意向が食い違う場合、どちらを優先するかの線引きは容易ではありません。
- パターナリズムとの境界のあいまいさ:「本人のために」という理由で、結果的に周囲の判断を押し付けてしまうリスクは、意思決定支援を意識していても完全にはなくなりません。
- 時間的・人的コストの負担:本人の意思形成・表明を丁寧に支援するプロセスには相応の時間がかかりますが、現場の人員体制や後見報酬の枠組みの中では、そのコストが十分に評価されにくいという構造的な課題もあります。
これらの課題に絶対的な正解はありません。だからこそ、一人の判断で完結させず、複数の関係者の視点を持ち寄り、本人の意思決定支援の経過を記録に残していくというプロセス自体が、後見人・福祉専門職の実務における「誠実さの担保」になります。
まとめ
意思決定支援は、単なる制度上のお題目ではなく、後見実務・障害福祉現場のいずれにおいても、日々の関わり方そのものを問い直す視点です。デマンドとニーズのギャップに向き合いながら、本人の意思形成・表明・実現のプロセスを丁寧に積み重ねていくことが、結果として本人にとっても、支援する側にとっても、納得感のある支援につながっていきます。
関連記事
当事務所では、任意後見・障害福祉の両方の現場経験を踏まえ、意思決定支援の考え方を踏まえた後見事務・支援計画作成のご相談にも対応しております。お気軽にお問い合わせください。
